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リガクジャーナル

リガクジャーナル 2023年 10月 54巻 2号 通巻120号

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リガクジャーナル 2023年 10月 54巻 2号 通巻120号

二結晶蛍光X線分析装置を用いたガラス中の イオウ成分原子価分析技術

酒井千尋,福島整,伊藤嘉昭,長嶋廉仁,本郷年延

 

ガラスに含まれるイオウ成分の原子価(価数)の定量分析を行うために,反平行に配置した2枚のGe(111)分光結晶を搭載した広域型二結晶蛍光X線分析装置を用いて,分析技術の確立のための調査を実施した.本研究では,SKαプロファイルを高分解でピーク分離するために,状態標準のプロファイルとして硫化亜鉛ZnS(S2-),斜方イオウ(S0),亜硫酸ナトリウムNa2SO3 (S4+),および硫酸ストロンチウムNaSO4 (S6+)の実測スペクトルを用いた.これらの測定からSKα (SKα1 とSKα2)に対して多重ピーク分離が可能になり,ガラスに含まれるイオウ成分に対してS2-とS6+の原子価の定量的な分析が可能となった.その結果,著者らはガラス試料に含まれるイオウ成分の酸化・還元の状態と原子価の関係を明らかにし,ガラスに含まれるイオウ成分の化学的な原子価がガラスの表面とその内部で異なることを示した.非破壊での高分解能蛍光X線分析法によるイオウ成分の原子価の定量分析は,ガラスの熔融や加熱の過程での酸化・還元状態の定量的な変化を明らかにすることができる.

高フレームレート検出器XSPAの性能評価

中江 保一, 佐久間 保孝, 作村 拓人, 三楠 聰, 松下 一之

 

昨今,X線計測分野において,Hybrid Photon Counting(HPC)検出器が広く用いられている.読み出しノイズが 無い,ダイナミックレンジが大きい,フレームレートが高い,Point Spread Function が小さい,ブラーが生じない 等といったHPC検出器の長所を高速データ読み出しシステムと組み合わせることによって,シングルフォトン検 出と高い検出効率を持った高性能X線検出システムを実現することができる.現在,商用非商用含め様々なHPC 検出器システムが世界中で提供されており,学術研究及び産業分野で使用されている.HPS検出器において最も 重要な要素の一つが高速読み出し技術であり,最新のHPC検出器システムであれば,1000 fps 程度のフレームレー トが容易に実現可能であり,これまで主流であったCCDのフレームレートと比較して1–2 桁の高速化が実現され ている.しかし,先端科学分野においてダイナミックな現象を観測しようとすれば,より高速なシステムが必要 となることは明らかである.そうした要求に応えるためにXSPA検出器シリーズは56,000 fps での連続測定を可能 とし,さらに,バーストモードを使用することで970,000 fps での間欠測定が可能となっている.また,単一フレー ムでは最短露光時間48 ns でのイメージ取得が可能である.これらはAGH大学と共同開発したUFXC32kチップの 性能と自社製の高いデータレートをリアルタイムに取り扱うことのできるデータ読み出しシステムによって実現 されている.本稿ではXSPA検出器の基礎性能の評価を行った.

静的構造のさらに先へ.X線溶液散乱: MAXSによる非リン酸化型ヒト由来キナーゼ: MAP2K4の調節機構時に起こりうる大胆な動きの解明

松本 崇, 山野 昭人, 村川 優, 深田 はるみ, 澤 匡明, 木下 誉富

 

X線小角散乱(small angle X-ray scattering: SAXS)は,溶液中の蛋白質のサイズや形状を分析するための手法とし て知られている.標準的なSAXSでは,q=0.25Å-1 程度以下のデータを使用する.このため,SAXSでは,対象分 子のサイズの変化,凝集,おおよその分子の外形といった情報しか得ることができない.一方,q=0.30–0.75 Å-1 程の中角領域のX線散乱は,分子内のドメイン間距離や二次構造間距離といった溶液中の分子構造及びコンフォ メーション変化を解析するための重要な情報を含んでいる.この中角領域のデータを用いることで,より詳細な 分子の挙動やコンフォメーション変化を可視化することができると考えられる.この重要な中角領域の情報を含 む溶液散乱を“middle angle X-ray scattering: MAXS”と名付けた.本稿では,MAXSを用いた構造アンサンブル解 析により明らかとなった,溶液中のヒト由来キナーゼ:MAP2K4の構造の“大胆な動き”ついて紹介する.

Thermoplus EVO3 DSCvesta2 ―新しく設計された感熱板によるDSC―

 

熱分析装置は材料分野を問わず広く使用されている 分析装置の一つです.特にDSC(Differential Scanning Calorimeter)は,高分子材料や医薬品において,ガラ ス転移温度や融点などを調べる上で欠かせない分析装 置と言えます.リガクでは2017 年に従来機に比べ感 度,安定性,測定温度範囲が向上したDSCvesta® を発 売しましたが,今回さらにDSCの性能を決める感熱 板を新設計し,DSCvesta の上位機種としてのDSCvesta2 を開発しました.

波長分散型蛍光X 線分析装置 ZSX Primus III NEXT

 

蛍光X線分析法は,試料中に含有する元素を簡便な 前処理で,迅速かつ非破壊に分析することが出来る元 素分析手法の1 つです.さらに測定再現性が優れてい る点から,鉄鋼,セメント,耐火物等の工程管理や品 質管理分析に幅広く用いられています. リガクの波長分散型蛍光X線分析装置ZSX Primus シリーズには上面照射型ハイエンド機ZSX Primus IV, 下面照射型ハイエンド機ZSX Primus IVi, 大型試料対 応蛍光X線分析装置ZSX Primus400 をラインナップ し,ご要望に応じて最適な装置を提供してまいりまし た.この度,上面照射型普及機であるZSX PrimusIII+ の後継機として,ハード・ソフト両面の性能・機能の 向上および日々の分析サポート面を強化したZSX Primus III NEXTを開発しました.ZSX Primus III NEXT の特長を下記に示します.

●高速・高精度
・ 測定制御シーケンスの最適化による高スループッ トを実現
・ デジタルマルチチャンネルアナライザ(D-MCA) 搭載により,高強度のX線を精度よく測定可能
●設定・測定・解析のサポート強化
・ 実績のあるZSX Primus IV のソフトウェア「ZSX Guidance」のルーチン分析を強化
・D-MCAデータをフル活用し,精度向上を実現
・定量フローバーの測定条件決定画面の機能強化
・ 1 回の定量分析結果に対する推定される標準偏差を表示...

大型試料・長尺試料にも対応 多目的大型3D マイクロCT CT Lab HV

 

X線2 次元透視検査装置はものづくり工程において 広く利用されていますが,試料形状や試料内部に存在 する欠陥を立体的に捉えることができません.一方, X線CT装置は試料形状や内部構造を立体的に捉える ことができるため,工業製品の開発設計,製造検査, 不良解析等のモノづくりの様々な工程において,X線 CTは広く利用されるようになりました.

リガクが販売するX線CTには,ナノレンジの空間 分解能を持つ高解像3D X線顕微鏡“nano3DX”,人用 X線CTと同じ試料水平保持方式を採用した3Dマイク ロX線CT“CT Lab GX”および汎用性に優れたデス クトップ型3DマイクロX線CT“CT Lab HX”があり ます.これまで,これら装置を用いて電子部品,樹脂 材料等,多くの工業材料の3 次元非破壊観察を行い, 3 次元構造解析や不良解析などの様々なソリューショ ンを提供してきました.しかし,nano3DXの最大管電 圧は60 kV, CT Lab GX およびCT Lab HX の最大管電圧 は130 kV であることから,比較的大きくかつ高密度 な試料を撮影した場合にX線の透過力が不足し,良質 な画像を取得できない場合がありました.

そこで,これまでリガクで培われた高電圧2次元透 視装置の技術と工業用3DマイクロX線CT開発で培わ れた独自のCT撮像技術を更に発展させ,既存装置では 撮影が困難であった大型工業製品・金属部品等のCT撮 影,透視撮影にも対応した多目的大型3DマイクロX線 CT装置“CT Lab HV”を開発しましたので紹介します.

全散乱解析(TXS)プラグインの紹介

 

Li-ion電池の正極材(1)(,2),固体電解質(3)–(5),負極材(6)(,7)や強誘電体(BaTiO3)(8)–(10)など,様々な材料の機能の発現には局所構造が重要であることはよく知られています.局所構造の評価手法の1つとしてPDF解析が注目されています.これは測定した全散乱(TotalX-rayScattering,TXS)データから試料由来の干渉性散乱強度のみを抽出後,フーリエ変換によって2体分布関数PDF(G(r))を算出する解析法のことです.多くのPDF解析は実測値から得られたGobs(r)と結晶構造モデルと多くのパラメーター(例えばbroadeningfactorやdampingfactorなど)を使って計算されたGcalc(r)がGobs(r)をどの程度再現するかに重点が置かれていました.しかし,この方法によって得られる構造モデルは単位格子であるため局所構造の定量的な評価ができませんでした(すなわち,各元素の変位ヒストグラム解析などの特徴量).PDF解析という用語と一緒に使われることが多い全散乱解析は,PDFだけでなく構造因子S(Q)の取り扱いも対象としています.図1に示すのは全散乱解析とPDF解析の関係性であり,PDF解析は全散乱解析の一部だということがわかります.全散乱解析はPDF解析ではうまく扱うことができない定量的な局所構造に関する情報を得ることができます.

上述のような材料群の開発へ世界中が加熱する中で,ラボ装置を使った全散乱強度の測定からの局所構造解析のニーズは高まっており,さらに手軽に全散乱解析を実施できることが求められています.別なリガクジャーナルで報告(11)したように,Agターゲットと高エネルギー対応の検出器を搭載したSmartLabによって放射光と同等の全散乱データを取得することができるようになりました(図2)(11).さらに測定・解析統合環境SmartLabStudioII(SLSII)へR.L.McgreevyとL.Puzaiらによって報告されたReverseMonteCarloRMC法(12)を改良したRMCオプションが搭載されました.このRMCオプションを使うことによって,結晶中の局所構造を容易に測定・評価することができるようになりました.また,これまで「PDFプラグイン」と呼ばれていた解析機能を「全散乱解析プラグイン(TXS)」と名称を変更しました.これは上記のようにPDF解析は全散乱解析の一部である,という解釈に合わせたものです.

本稿では,全散乱解析プラグインの基本的な機能や特徴を実際の解析事例を交えながらご紹介いたします.


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